SNSで見失っていた。「正解の人生」より大切なもの

SNSで見失っていた。「正解の人生」より大切なもの

周りの人たちはどんどん結婚して、出産して、家庭を持って、昇進しているのに、私は学生の頃となにか変わったのだろうか、と漠然とした不安を抱えた人へ。

もはや小学生でも当たり前に見ているSNSでは日々、いろんなコンテンツが提供され続けている。SNSを開けば、華やかな活躍をする、自分よりずっと年下の人たち。その輝きを眺めながら感じるのは、自分自身のあまりにも代り映えしない日々。

アカウントを切り替えて地元の同級生を眺めていると結婚、出産、子育て。タイムラインはそれらの投稿で埋め尽くされていた。このアカウントには私の居場所はない。

いつのまにかなくなっていた。検索アイコンをタップするとおすすめに流れてくるのは「20代後半でもまだ間に合う!」「平成レトロ」「30代からのエイジングケア」。いつの間にか私はもう間に合わなくなっているし、自分の生きた時代はレトロと呼ばれ、母親のものだと思っていたエイジングケアに手を出した方がいいようになっていた。

同じ仕事を毎日繰り返しながら、今はもう新卒の頃のように怒られて悩んで泣いて落ち込みながら帰宅することはほとんどなくなった。なんとなくこなすことはできる。

なんとなく教えてあげることもできる。手を抜いても平気なポイントも、絶対にミスしてはいけないところも覚えた。なんならほめてもらったり、仕事を任せられたり、頼りにしてるね、なんて言われたりもする。

だけど、これは本当に私の望んだ未来だったのだろうか。私はずっとこのまま?

このまま続く日々がものすごい嫌かと聞かれればそうでもない。でも今の日々にしがみついていたいほど愛おしくない。自分の人生に愛おしさがないのだ。

SNSの「普通」という正解に、自分を当てはめようとしていた

そんな思いを抱えながらも何をどうすればいいのかもわからないまま時間だけが過ぎていく中で、いつものようにSNSを眺めていて目に入った言葉「だからこそ 何にでもなれる 」それは私を惹きつけ広告をタップさせるのには最適な言葉だった。

「何にでもなれる」だなんて。なんて都合の良い言葉なんだろう。耳障りの良い言葉なんだろう。努力と根性で何にでもなれるとでも思っているかとささくれ立ちながらホームページを読んだ。

それから私はSNSを見て自分を定義する言葉を探していたのだと気づいた。30代で平成を生きて、いまやエイジングケアに手を出しながら、結婚・出産・子育てを経験しているのが”普通の”30代。私が所属するべき場所、私の目指す場所。そういう指標があった方がわかりやすかった。みんなと同じ場所を目指していれば集団から浮くこともない。変わった人だと思われたくない。みんなと一緒のほうが良いんだと思い込もうとしていた。

しかし本当はそれらは私の望んだ未来とは違う。いつの日かみんなの普通に合流したい気持ちもあるけれど、今の私は自分の人生を、選択を愛したい。私はみんなと同じようにして、「だってみんながそういってたから」と責任をなすりつけようとしていたのかもしれない。だけどそんな自分のことは愛せそうにない。自分の意志で選択して、自分で責任をとりたい。そう思ったからSHElikesの体験会を予約した。話を聞いてもらってその日のうちに入会した。

基準のない世界で出会った、眩しい背中

入会して驚いたのはほんとうにいろいろな年齢、経歴、立場の人がいること。SNSの雰囲気をみて勝手に20代~30代の人が多いのかと思っていたが、年齢も今の職種も家庭も今後のなりたい理想像も何もかもバラバラで、同じなのはSHElikesで今の自分を変えたい、という気持ちだけ。

自分の母と同世代ぐらいの人が、zoomのグループワークに参加していた。慣れない手つきでipadを操作しながら、私の発表をニコニコしながら聞いてくれた。リアクションボタンを押して拍手をしてくれた。子育てが落ち着き、学びたいことがたくさんあり家事の合間に動画を流し見していると言っていた。そもそもipadの操作が難しいと笑っていた。年齢を気にして学ぶことをあきらめたりせず、苦手なことにも挑戦しているその姿はなんだか誇らしげで、私のなりたい理想像と重なった。

その人と私の同じところはSHElikesに所属していることだけ。私の人生は正解なのか不正解なのか、普通からはみ出してしまっているのではないかと悩んでいたが、ここにはなんの基準もなかった。いまのわたしだから、これから何にでもなれるらしかった。

私が本当に欲しかったのは、肩書ではなく「自分で選んだ」という実感

私がSNSで見ていたのは人生の正解ではなかった。人生の勝ちパターンでもなかった。あのアカウントに私の居場所がなくなっていたのは、結婚や出産や昇進をしていないからではない。

自分で選択した人生を、自分自身が肯定できていなかったからだ。私は誰からも褒められる「正解の30代」になりたいわけではなかった。結婚していても、子どもがいても、昇進していても、きっと私はまた別の誰かと自分を比べていただろう。私が本当に欲しかったのは、肩書きでもライフイベントでもない。自分で選んだ人生を、自分の足で歩いているという実感だった。

そして、その選択を「これでよかった」と胸を張って言える自分になりたかったのだ。

私は結婚もしていないし、子どももいないし、昇進もしていない。でもそれらは私の意志でそうしようと選んだわけではなく、成り行きでそうなっているだけだった。新卒で働き出して、仕事を覚えるのに精一杯だった。

職場と家の往復に出会いもなかった。毎日必死で仕事をこなしていただけのはずなのになぜか若さも、未来への期待感も自分への信用もなくしてしまった気がした。必死で仕事をしていたからといって昇進もしなかった。けして結婚はしない、と自分の意志で決めたわけではない。自分の意志でやると決めて行動したのは久しぶりだった。

今、自分で一歩踏み出してSHElikesで勉強をしている。あの日体験会を予約する、という選択をしたこと、当日実際足を運んだこと、包み隠さず自分の理想について話したこと、勢いに任せて入会したこと。そのすべての選択を「よくやった!」と思っている。

正解を探すのをやめた日から、私の人生は愛おしくな

今でもSNSを開けば、誰かの輝きに心がざわつく日もある。自分と比べてほかの誰かの選択のほうが正しそうに見えて心が揺らぐ日もある。それでも自分の意志で一歩を踏み出したあの日のことを思い出せば、ほんの少し勇気がわいてくる。

もしかしたらあなたもSNSを見て、誰かの人生の輝きに焦りを覚えるかもしれない。自分の人生と比べて落ち込んでしまうかもしれない。だけどどれだけ小さな選択でもいい。

いつもと違う道で帰ってみるとか、気になった本を買ってみるとか、なにか一つでいいから自分の意志で決めてみてほしい。そして自分の選択でどんな結果になっても、面白がって愛してほしい。自分の意志で選んだことを積み重ねていくうちに、あれほど愛おしく思えなかった自分の人生を、私は少しずつ愛せるようになったから。 

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本記事はSHElikesの受講生を対象とした「SHEライターコンペ」の採用作品です。(執筆者 タオさん)

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