SHEとポーラ・オルビスホールディングスの協働で2023年にスタートした女性起業家の輩出を促すプロジェクト「NEXT FOUNDERS」。2回目の開催となる今回、応募されたのは全160件のビジネスアイデア。女性ならではの着眼点を生かした結婚や美容に関する提案だけでなく、介護や教育、自然エネルギーなど、さまざまな社会問題の解決を目指すものまで、幅広い事業アイデアが集まりました。10名のファイナリストによる最終ピッチの熱量はとても高く、審査は混戦を極め、当日新たに審査員特別賞が設けられたほどです。
今回は、審査員特別賞を受賞した山口直美さんにお話を伺いました。山口さんは、微生物利用して発電を行う、微生物発電の社会実装を目指す株式会社Cell-Enを設立。微生物発電によるポータブル発電機の販売、最終的には大電力の発電を目指しています。今回は、会社設立、事業考案までの歩み、山口さんが「NEXT FOUNDERS」のプログラムで得たものや、今後の展望について語っていただきました。
山口直美さん プロフィール
大学卒業後、総合商社で他企業との業務提携や合併業務などに従事。その後、大学及び国立研究所で学会や国際シンポジウム等の企画、開催、事務局運営などを多数担当。大学や研究所での経験から、アカデミックな分野に携わることに楽しさを見出し、バイオベンチャーへ。そこで、科学技術を社会実装するために、活動している研究者に出会い、衝撃を受ける。新技術を利用して、社会に貢献する方法を共同創業者の樋口貞春、盧梦雪と模索するなかで、微生物発電に着手する。社会実装に向けて事業を行う株式会社Cell-Enを設立。高効率の微生物発電の技術を確立し、複数の特許を出願中。2025年内に街灯など目に見える形で、微生物発電の実証実験をできるよう、準備を進めている。現在、上智大学博士前期課程地球環境学研究科に所属。
「経営について相談しあえる仲間が欲しい!」特許出願後の次なる一手を求め応募
——この度は、審査員特別賞受賞おめでとうございます!まずは、「NEXT FOUNDERS」に応募したきっかけを教えてください。
「NEXT FOUNDERS」の募集を見つけたのは、法人設立から1年が経った頃でした。実証実験もある程度目処がつき、特許の出願も終えたタイミングだったので、次の手として対外的な発信方法を模索していました。何より、会社の経営や発信方法について相談しあえる女性起業家の仲間を作りたかったんです。そんなとき「女性起業家 ピッチ 仲間」などのキーワードで検索して、「NEXT FOUNDERS」の公式ページを見つけました。実は、SHE株式会社については存じ上げていなかったのですが、女性起業家に特化した育成プログラムだったので、「今の自分に必要なものに違いない」と感じ、応募しました。
——講評では、ディープテックに関する骨太な提案が評価されていましたね。山口さんはどういったきっかけで科学技術分野に携わることになったのでしょうか?
大学時代は文系で、新卒では総合商社に勤めていました。激務で心身ともに疲れていた頃、友人が大学職員の仕事について紹介してくれたんです。それが、アカデミックな分野に足を踏み入れるきっかけとなりました。転職後は、学会の運営などを担当し、アカデミック分野のやりがい、楽しさを実感しました。
国立研究所で数年働いたのち、新しいことに挑戦してみようとバイオベンチャーに転職したんです。そこで、若い研究者たちが研究に取り組みながら、大手企業を相手に事業を進めたり、議論したりしているのを見て、強い刺激を受けました。
技術を生み出すだけでなく、それを社会実装して世の中に貢献したい想いが強くなり、株式会社Cell-Enの立ち上げ、微生物発電の技術開発に至りました。
「微生物発電で何ができるか」頭に浮かんだ東日本大震災の記憶
——改めて、山口さんが発表された株式会社Cell-Enと微生物発電についてお聞きします。どのような技術なのでしょうか?
微生物発電は、微生物が有機物を分解するときに生成する電子を電極で捕らえて、電気に変換する技術です。燃焼の工程がないので、二酸化炭素排出はほとんどなく、環境に優しい自然エネルギー発電になっています。微生物発電は、電力が安定せず発電量が微弱であることが課題だったのですが、株式会社Cell-Enでは、バイオ分野から解決方法を導き出し、その技術で特許を取得しています。
微生物の特性上、一度発電を開始すると一定期間無補給で発電を継続します。当社は現時点で90日間メンテナンスフリーでの連続点灯を達成しており、その期間をさらに伸ばす開発を進めています。こういった特徴から微生物発電は災害時の非常用電源などにも利用できる技術です。まずは、自治体向けの非常用電源装置、自然エネルギーで稼働する街灯、養殖場のエアーコンプレッサーなど切らすことのできない装置への電力供給などから、社会実装を目指しています。
——微生物発電に取り組もうと考えたきっかけはなんですか?
創業者の3名は、以前勤めていたバイオベンチャーの同僚で、全員過去に微生物関連の研究に携わっていたことがあったんです。3名で、「共通点である微生物を利用して、今すぐにでも社会貢献できる技術はないか」と議論した末に辿り着いたのが、微生物発電でした。
実は、私は電気に対して思い入れがありました。東日本大震災のとき、関東に住んでいて、計画停電を経験したんです。計画停電に合わせた生活を強いられ、寒さの残るなか暖房も使えず、部屋は真っ暗。関東にいる私でさえ不便さを感じたので、被災地の方はもっと不便で、不安で仕方ないだろうと思いました。災害の多い日本で、絶対に消えない電気があったらどんなにいいだろうと思ったんです。
微生物発電でなら、それが叶えられる。東日本大震災は、災害時の対策という観点で事業展開したいと考えたきっかけなんです。
——メジャーではない発電技術だからこそ、さまざまなハードルがありそうですね。どんなところに難しさを感じますか?
微生物の研究者が揃っているので、技術開発のハードルはそこまで高くありませんでした。ですが、ビジネスピッチで感じるのは、微生物に対して、よく分からないから不安だという印象があることの難しさです。
「環境リスク、健康リスクがあるのではないか」「本当に安全なのか」という反応をもらうことが多いんです。安心・安全な自然エネルギーであると知ってもらうためのアプローチ方法は課題の一つであると感じています。
この心理的ハードルは、事業を進めていくうえで大きな壁になると思っています。きちんと研究の面から安全性を証明したり、安全性を訴える方法を研究するために、上智大学博士前期課程地球環境学研究科に進学しました。より効果的な発信方法を模索して、技術面だけでなく、心理面からも社会実装に繋げていきたいと考えています。
「最高の仲間に出会えた」グループメンバーとともに磨き込んだピッチ資料
——「NEXT FOUNDERS」のプログラムで印象に残っているものはなんですか?
グループワークが一番印象に残っています。4名ずつのグループに振り分けられて、定期的に同期たちとディスカッションを行うのですが、起業家仲間が欲しかった私にとっては本当に最高の出会いでした。皆さん、事業の分野は多種多様でしたが、その事業やサービスを行うための確かな技術力と情熱があり、いつも前向き。話しているだけで学びが得られて、気持ちを奮い立たせてくれました。
ピッチ資料を磨くうえでも、仲間の力は絶大なものでした。微生物発電の技術をわかりやすく伝えるのはとても難しく、はじめは情報を詰め込みすぎた資料を作成してしまっていたんです。グループワークでブラッシュアップしていくなかで、説明の仕方やスライドの見せ方についてもたくさん意見をもらい、磨いていきました。
完成したスライドは、「NEXT FOUNDERS」以外の機会で使用しても、すごく分かりやすくなったと評価をいただくことが多いです。グループメンバーのおかげで、株式会社Cell-Enの事業のポイントとなる部分を明確にできたと感じています。
——「NEXT FOUNDERS」のプログラムで得たものはなんだと思いますか?
ずばり「仲間」ですね。私は元々、話すことで悩みを解消するタイプだったんですが、起業したあとはそれでは解消できないほどの不安に駆られることが多くて。知り合いに起業家もおらず、悩みを共有することができなかったんです。
「NEXT FOUNDERS」では、早い段階でグループを作っていただけたので、同じ悩みを持つ起業家同士で溜め込まずにいろんなことを話し合えたのが、本当にありがたかったです。
また、女性起業家による特別セッションもすごく学びが大きかったです。資金調達のリアルな状況を聞ける機会は滅多にないので勉強になりましたし、身が引き締まりました。
「安心安全な自然エネルギーを世の中に浸透させる」社会貢献のためにできることを着実に
——今後の展望、アクションプランがあれば教えてください。
初期の技術開発と特許出願を終えたので、次は微生物発電の技術とその技術を開発した株式会社Cell-Enを知っていただくフェーズに来ていると思っています。私が大学院で研究している内容も生かしながら、高い安全性についても周知していきたいです。
社会実装という面では、2025年の秋冬には街灯など、皆さんに見てもらえる形で実証実験を行う予定です。確実に社会実装に向けて歩みを進めていきます。
私たちの経営理念は、「微生物発電で豊かでサスティナブルな未来を」。安心安全な持続可能エネルギーを社会にお届けすることで、豊かな未来を実現していきたいです。安定した電力供給の方法の一つとして利用され、認知される社会を目指します。
——最後に、起業に挑戦する皆さんにメッセージをお願いします!
頭の中に、起業したいとイメージがぼんやりとでも浮かぶのであれば、やってみたいサービスや事業、叶えたいビジョンがあるのではないかと思うんです。「起業したい、でもどうしよう」というモヤモヤが頭の中を占めているのであれば、ぜひ選択肢の一つとして起業に向けて動き出してみてほしいです。
もちろん不安な気持ちもわかりますし、起業してからもその不安な気持ちがまったくなくなることはありません。ただ、不安を払拭するために行動し、物事に向き合えば頼りになる仲間や応援してくれる仲間ができます。何より、起業家は熱意があって、明るく、チャーミングな方が多いんです。そういった方々の中に身を置くだけでも成長に繋がりますし、豊かな生き方ができると思います。
やりたいことがあるなら挑戦する、迷ったり悩んだりしたら他の人がどうしているか知るために行動することが大切だと思います。私も検索したから、「NEXT FOUNDERS」と今後も支えあえるかけがえのない仲間に出会えました。まずは自分にできることから、一歩踏み出してほしいです。