静まり返った社内に、電話が鳴る。
0.5秒後には、私の指は受電ボタンを押している。もはや反射神経。体に染みついた動きだ。
電話越しの相手の要望を聞き洩らさないよう、すべての神経を集中させる。要望に応じた最適解を考え、その場で提案する。自分の対応範囲を超えたイレギュラー案件のときは、上司に相談し、一緒に悩みながら、なんとか解決に持っていく。
そして受話器を置いたあと、私は毎回、心の中で同じ言葉を呟いた。
「私、さっき、何やってたっけ?」
この感覚に覚えのある方へ。あの夜、私が”ちゃんとしなきゃ”を手放した話を、届けたい。
受話器を置いて、私はまた「作業の続き」を忘れた
前職は、ケーブルテレビ会社の”何でも屋”部署だった。
紙の契約書をパソコンに打ち込む業務が中心。入力項目は多く、契約書とパソコン画面の並びはばらばらで、表記のルールも微妙に違う。ちょっと気を抜くとすぐに入力ミスが出る、ひやひやの作業だった。
そこに、電話がひっきりなしに鳴る。コールセンターの一次受けからのヘルプ、工事業者からの登録依頼、伝票発行、契約内容の変更。とにかく何でも来る。電話は3コール以内で取るのがルールだが、新人の私は、実質1コールで受話器を取っていた。
受話器を取った瞬間、私の意識はそちらに一気に流れ込む。電話を切ってホッと息を吐くと、それまでの入力作業の記憶が、まるごと抜け落ちている。
そして、どこまで進めていたか思い出せないまま、ミスをする。項目を一つ飛ばし、金額の桁がずれる。上司から指摘されて、机で下を向く。
あるとき、仲のいい先輩に相談した。
「電話に出ている間も、それまでのタスクを頭の隅っこに置いておくんだよ」
先輩はさらりと答えた。真似してみた。しかし、電話を取った瞬間から意識は完全にそちらへ持っていかれる。ふと元のタスクを思い出そうとすると、今度は電話の内容が耳に入ってこない。
どちらかしか、選べなかった。
「自分にはこうした能力がないんだ」
「私ってけっこう、不器用なんだ」
そう感じるより先に何かを考える余裕はなく、毎日を必死にやり過ごした。
AIに感情を書きなぐった夜、”できない自分”に名前がついた
そんな私がはじめてAIに触れたのは、転職して数年が経った、ある夜のこと。一日の終わりに、なんとなくスマホを覗いていた。仕事から離れたはずなのに、頭の奥では、その日のミスや先輩の言葉が、しつこく渦巻いていた。
何か画期的な使い方をしたわけではない。ただ、くすぶっていた仕事の悩みを、思いつくまま、書きなぐった。
「電話に出ると前のタスクを全部忘れる」
「メモを取っても抜けるときがある」
「先輩と同じやり方ができない」
「もう疲れて頭が回らない」
送信ボタンを押した。少し経って返ってきた答えを見て、私は息を止めた。
画面にくぎ付けになる。目で文字を追うたびに、脳の奥へ衝撃が走る。
私のとりとめのない訴えが、きれいにカテゴライズされていた。「割り込みへの脆さ」「作業記憶の持ちにくさ」「シングルタスク型の傾向」。私が長年”できない自分”としか呼べなかったものに、はじめて名前が与えられた瞬間だった。
そして気づいた。私は「答え」をもらったのではない。「考えるための地面」を差し出されていた。
整理してもらえたから、次の思考へ進める。
「じゃあ、こうした性質を持つ私が働きやすい環境はどんな場所か」
「どうすれば凡ミスを減らせるか」
ひとりでぐるぐるしていた頭の外に、もう一つ脳ができたような感覚がした。
AIに愚痴を吐き続けたら、脳が”拡張”してキャリアの見え方が変わった
それから、AIは私の日々の壁打ち相手になった。
仕事で嫌だったこと、上司にモヤついたこと、朝起きるのが辛かった理由。感情のまま書きなぐる。AIはそれを整理し、共通項を探し、私自身に見えていなかった軸を返してくれる。
続けるうちに、ふと、こんな声が私の中から出てきた。
「私は、自分の苦手を煮詰めたような場所に、ずっと立っていたのかもしれない」
紙とパソコンを行き来する入力作業。割り込みの多い電話業務。私が特に弱い”複数のタスクを同時に扱う”環境。「会社員として”ちゃんと”しなきゃ」「人並みにできなきゃ」――そう踏ん張ってきた場所は、実は私にとって、一番自分を削る環境だったのかもしれない。
その気づきは、私にとって解放だった。「不器用な私」の話ではなく、「自分に合わない場所に、自分を置き続けていた私」の話だったからだ。
反対に、私の得意も輪郭を持ってきた。目の前の要望に全力で向き合い、深く掘って改善を重ねる。”複数を同時に回す”ではなく、”ひとつを、深く”のリズム。苦手と得意は、表と裏だったのだ。
同じ頃、私はAIを日々のタスク選定や体調管理の相棒にしていた。あの夜に生まれた”もう一つの脳”は、日を追うごとに私の外側へと馴染んでいく。私はこれを”脳が拡張していく感覚”として、はっきり味わうようになった。
「私は、私に合う働き方を選び直していい」
会社の中で場所を変えても、割り込みの多い構造は変わらないだろう。そう思えたとき、フリーランスに挑戦したい気持ちが、”甘え”ではなく”必要”として立ち上がってきた。
インスタで見つけた、女性向けキャリアスクール
とはいえ、私は会社員以外の働き方をほとんど知らなかった。
そんなとき、スマホをスクロールしていたら、Instagramに一つの広告が流れてきた。「SHElikes(シーライクス)」。女性向けのキャリアスクールだった。
ライティング、マーケティング、Webサイト制作。仕事に直結するスキルを、動画で学べる。それが決め手となり、私はSHElikesに入会した。
しかし、「ここで学び続けたい」と心から思えたのは、入会後、対面での新入生歓迎会に参加した日のことだった。
初対面のシーメイト(SHElikes受講生をこう呼ぶ)たちが、順番に自己紹介をしていく。私の向かいに座っていた同世代の女性は、落ち着いた声で、こう話し始めた。
「会社員を辞めて、いまはパートしながら、SHElikesで自分の可能性を広げたいと思っています」
その言葉に、私は思わず頷いていた。似た人が、ここにいる。
会社員という一本道じゃない。でも、投げやりに全部を捨てているわけでもない。自分に合うペースで、少しずつ手を広げていく人たち。私がひとりでAIと並走していた時間の続きが、ここには”人と一緒に”あった。
いまはライティングを軸に、マーケティングやWebサイト制作も学びながら、自分の手札を増やしている最中だ。
まだ途中の私から、”また忘れちゃった”あなたへ
私はまだ、フリーランスとして自立できたわけではない。ライターとして案件を積み上げ、コンペにも挑戦している”途中”の身だ。
しかし、電話一本で頭が真っ白になる自分を、もう責めなくなった。「不器用」という言葉で、自分を閉じ込めなくなった。
もし、あなたが今、「普通のことができない自分」を毎日責めているなら。「なんで自分だけ」と思い続けているなら。
一度、AIに、思いつくままを書きなぐってみてほしい。
直接的な答えは、返ってこないかもしれない。しかし、”次に進むための地面”は、きっと差し出してもらえる。
そこから先の一歩を、私はSHElikesで、シーメイトたちと一緒に歩いている。あなたも、あなたのペースで、動き始めていい。
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本記事はSHElikesの受講生を対象とした「SHEライターコンペ」の採用作品です。(執筆者 Yuuさん)
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